Redesigning Research

UT7がデザインする「新しい研究」のかたち

野地博行 × 藤井輝夫

東京大学の専門も学部も異なる7人の科学者が企む新しい研究組織「UT7」。果たしてUT7は、いかにして既存の研究のあり方を変えようとしているのか? 組織の設立経緯とビジョン、UT7がもたらしうる未来を、野地博行と藤井輝夫が語る。
Redesigning Research - UT7がデザインする「新しい研究」のかたち 野地博行 × 藤井輝夫

イノベーションの種を育てること

藤井: UT7発足のきっかけは、野地さんがつくってくれたんですよね。いまから1年くらい前だったかな、突然「飲みに行きましょう!」と連絡をくれて。

野地: そうでしたね。あのときはちょうど、数年間リードしていた学外の研究プロジェクトが終わったタイミングで。それは研究の社会実装に力点を置いた、産官学連携の大がかりなもので、ぼくにとっても新しいチャレンジでした。とてもやりがいがあったのですが、その一方でかなり悶々とした気持ちが残ったのも事実で、藤井さんに話を聞いてもらいたくて声をかけたんです(笑)

藤井: 苦労が多かったようで……。

野地: やっぱり「産業的に新規性と実用性のある研究のアウトプットを、限られた期間内に出す」という縛りのなかでは、できることに限界があるのだなと痛感しました。社会実装と言えば聞こえはいいものの、確実な成果を求めると、ほぼほぼ実用化が見えているような研究対象、すなわち"すでに芽吹きかけている苗"を選ばざるを得ません。0から1の創出ではなく、1を10にさっと育てて収穫するような、刈り取り型の研究スタイルになってしまいます。

藤井: 時間制限があると、どうしてもそうなってしまいますよね。

野地: 革新的なイノベーションを目指すなら、本当は刈り取り型ではなく、種からの芽吹きを増やしていくアプローチをしなければならない。けれども最近のアカデミックの世界では、産業との連携の意識が強まっているからか、刈り取り型のプロジェクトが増えているように感じています。そうしないと、研究費を集めにくくなっているのも現状です。

藤井: 「成果が出るかわからなくてもいい」という長期的な視座で自由にやれる研究フィールドは、たしかに減ってきていますよね。アカデミックに配分される国家予算はどんどん削られて、学内で自由に使える研究費は先細り続けています。かといって外から資金を引っ張ってこようとすると、短期的な成果のマネジメントを求められる、と。

Redesigning Research - UT7がデザインする「新しい研究」のかたち 野地博行 × 藤井輝夫
東京大学工学系研究科応用化学専攻教授。超高感度デジタルバイオ計測、超並列型機能分子スクリーニング技術を発展させ、自律的に自己増殖する分子システム(人工細胞)の創生に取り組む。2020年よりJST さきがけ研究「動的高次構造体」領域総括を兼任。
革新的なイノベーションを目指すなら、本当は刈り取り型ではなく、種からの芽吹きを増やしていくアプローチをしなければならない。
──野地博行

野地: ただ、サイエンスの研究って本質的には「成果が出るかわからない」ものなんですよね。「戦略を立ててマネジメントする」といった設計主義の思想とは、本当は相容れない。どの種がどこからどんな芽を出すか、コントロールはできません。

設計できるものがあるとすれば、それは研究環境すなわち土壌自体でしょう。才あるクレイジーな研究者たちを信頼し、彼らが安心して研究に集中できるような畑を整えていくことで、芽吹きの確率を上げることはできる。何より、「ぼくだってそういう環境で研究に没頭したいんだ……」というような葛藤を、飲みながら藤井さんにぶつけさせてもらったんですよね(笑)

藤井: その話を聞いて、あらためて本腰を入れて「研究の場づくり」のアップデートをしていかねば、と思いました。目先の成果や目的を求めすぎない、個人の自由な発想から芽吹く研究からこそ、世界を大きく変えるようなイノベーションが生まれてくる。そういう場づくりをいかに実現していくかは、大学運営における永遠の課題だと感じています。

野地さんをはじめ、今回このプロジェクトに参加してくれているメンバーは、それぞれの分野でトップレベルの成果を出しているから、研究環境は周りよりも恵まれているはずなんですよね。そんな彼らでも息苦しさを募らせているという現状は、やっぱり変えていきたいなと思って。

野地: そうですね。声をかけたら、皆さん前のめりに共感してくれました。

藤井: わたしはいま、大学本部でファンドレイジングに携わっているので、資金繰りのサポートは十分にできるなと。それで、皆さんの熱意を実現できないか、既存のフレームに囚われない新しい研究モデルをつくれないかと思ったわけです。

Redesigning Research - UT7がデザインする「新しい研究」のかたち 野地博行 × 藤井輝夫
東京大学総長。2015年より生産技術研究所長。2018年より大学執行役・副学長、社会連携本部長を兼務。2019年より理事・副学長を務め、2021年4月より第31代目総長を務める。
研究者はしがらみなく自由に振舞える環境でこそ、社会を変えるようなアウトプットを生み出せる。それができれば、UT7のフレームがほかの大学にも広がっていって、社会全体の研究活動のあり方がアップデートされていくかもしれません。
──藤井輝夫

学問領域を「Life」でつなぐ

野地: 新しい研究モデルの構築を目指すうえで、ミッションの設定にもこだわりましたよね。現在、大学にはさまざまな学部および学問分野がありますが、根源を突き詰めれば「広義でのLife」──すなわち生命や生活にまつわる探究をしている点で、同じ営みであるといえます。

そういった背景から、UT7のミッションは「新しい生命の概念をつくる」と銘打ちました。さまざまな学問領域を「Life」というキーワードでつなぎ、互いに越境して手を取り合っていくことで、これまでにない化学反応が生まれるのではないかと期待しています。

藤井: アカデミックの世界でも、領域横断やコラボレーションといった言葉はよく耳にしますし、部局間のレベルでの提携の事例などは少なくありません。ただ、研究の内容レベルまで踏み込んで、共通のキーワードを掲げて明示的に協働していく取り組みは、いままでありませんでしたね。

野地: UT7の集まりに参加していると、領域外のプロフェッショナルの視座を知ることが、本当に重要だなと実感しますね。自分の当たり前や思い込みが刷新されて、新しいものの見方を発見することができています。

大学がやるべきことって、「概念の更新」だと思うんです。既存の概念を更新し続ける、社会に新たな視点を提供し続けることではないかな、と。これは学問の根本と言ってもいいかもしれません。そのためには、ぼくら研究者も領域の垣根なくつながって刺激し合うことで、常に自分自身を刷新しながら、とがった視点をもち続けていたいですね。

藤井: UT7も、初期メンバーとともにいいかたちで立ち上げることができたら、すぐに仲間を増やしていけるとよさそうです。文系や女性の研究者にも入ってもらえると、もっと多様な視点を内包していけるプロジェクトになっていくはず。そうした先の展開につなげていくためにも、まずは今回集まってくれた7人に、存分にとがった研究をしてもらえるよう、わたしは環境を整える努力をしたいと思います。

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研究者のポテンシャルを最大化せよ

藤井: 冒頭の部分でも話しましたが、皆さんに思いっきり研究をしてもらうためにも、UT7をモデルにして、今後は資金調達や事務方の処理を含め、新しい研究フレームを打ち立てられるとよいと考えています。従来の方法で国や企業から研究費を引っ張ってこようとすると、用途の制限がついたり、膨大な書類提出のタスクが発生したりします。そういった面倒をすべて取っ払って、研究者本位で思い通りにプロジェクトが動かせるような座組みを、なんとか実現していきたいです。

野地: ぼくらも仲間内で新しい研究アイデアの議論なんかをしていると、ついつい「どうやって国から研究費をもらうか」と考えがちなんですよ。そういったときに藤井さんにはたびたび、「本当にそこをスタートポイントにしていいの?」って釘を刺してもらってきました。

藤井: 優秀な研究者たちが、得意でないお金の勘定や書類の作成に時間を取られて、本当にやりたい研究に集中できない状況は、大学として大きな損失なんですよ。UT7の新たな研究フレームによって、アカデミア本来の機能を取り戻したいですね。

そのためには、用途や期間の制限のない予算を確保したり、研究者が本業に専念するためのフォローに回るスタッフを配置したりと、やるべきことはいくつか見えています。いい環境さえ整えられれば、このメンバーなら必ず大きな成果を出してくれると信じているので。頑張ってこのプロジェクトを周知していって、みなさんが乗っかるのではなく、みなさんの「新しい生命の概念をつくる」というビジョンに乗っかってくれる協力者を、少しずつ増やしていきたいなと思っています。

野地: 「アカデミア本来の機能を取り戻す」、とてもいい言葉です。藤井さん、このプロジェクトを始めるときも「国や大学のお金をあてにしない。研究の自由のために、やせ我慢でもいいから、歯を食いしばっていきましょう」とも言いましたよね。あれもグッときました。

藤井: ありがとうございます、照れますね(笑)

野地: 制限のない予算を十分に取れたら、ぜひUT7の研究ラボをつくりたいです。バーチャルではなく、物理的な建物として独立した研究棟を。

藤井: それはいいですね。

野地: 原始的かもしれませんが、いい畑をつくるにはやっぱり「同じ場所にいて一緒の空気を吸って、一緒にご飯を食べること」って、とても大事だと思うんですよ。物理的に同じ空間にいて、頻繁に顔を合わせれば合わせるほど、思わぬ化学反応が置きやすくなる。領域横断で知の創発を目指すなら、"混ざる"場所があったほうが絶対にいい。まだ始まったばかりなので、ちょっと気の早い話かもしれませんが。

藤井: いえいえ、目標は大きくあったほうがいいですから。ラボの建設、目指していきましょう。

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研究のあり方のリデザイン

藤井: UT7の本懐は、もちろん研究者がよりよい研究をすることにあるのでしょうが、それだけではありません。「よりよい研究、よりよいアカデミアのあり方」の模索であり、同時に「世の中に点在するよい研究を、社会全体で支えていくための方法論」の検証でもあると捉えています。

研究者はしがらみなく自由に振舞える環境でこそ、社会を変えるようなアウトプットを生み出せる──この事実を、UT7でもって証明していく。それができれば、UT7のフレームがほかの大学にも広がっていって、社会全体とアカデミックな研究との関係性がアップデートされていくかもしれません。

野地: そこまでいけば、国からのサポートの仕組みも変わるかもしれないですね。

藤井: そうですね。日本の新たな研究カルチャーの誕生のきっかけに、UT7がなってくれたらうれしいです。

野地: こういう話をしていると「これは絶対に失敗できないな……」と不安になったりもするのですが、いちばんは「楽しくやる」ということを大事にしていきたいです。UT7は「ウキウキ輝夫(藤井氏のファーストネーム)と7人の愉快な研究者たち」の略称だと思ってますから、ぼくは(笑)

藤井: そうそう、「楽しくやる、楽しそうにやる」というのも、UT7の重要なキーワードでした。

野地: ぼくらが眉間にしわを寄せて、暗い顔してやってはいけないんですよね。自分たちが最大限に楽しんでこそ、最大限のパフォーマンスが発揮できます。それに、楽しそうにやっていれば、仲間や協力者も自然と集まってくるはず。

藤井: これからの未来を担う若い研究者たちに「UT7は楽しそうだな、あそこであんな研究をしてみたいな」と思ってもらえるような場になるとよいですね。社会実装はもちろん重要ですが、時には短期的な経済合理性を忘れて、純粋な個人の探求心や好奇心の赴くままに研究に打ち込むこと。それがいちばんカッコいい研究者のあり方であり、成果も出せるかたちなのだと、UT7でもって社会にアピールしていきましょう。

野地: はい、頑張りましょう!

TEXT BY TAKESHI NISHIYAMA
PHOTOGRAPHS BY KAORI NISHIDA

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