生命創造の現在地
竹内: UT7は「新しい生命の概念をつくる」をコンセプトに掲げているわけですが、いま生命のメカニズムの解明って、どれくらい進んでいるんでしょう。このあたりは上田さんがいちばん詳しいかな?
上田: 2000年代になってからは、10年ごとに大きなアップデートがありました。まず2000年には、ヒトゲノムのドラフトシーケンスが発表されます。これによって、いままで謎に包まれていた「ヒトの遺伝情報の設計図」の全体像が、おぼろげに見えてきました。
次に2010年、これは田端さんの専門分野ですが、初めて細胞のゲノム合成が実現されました。ここでは何が起きたかというと、人工的につくったA細胞のゲノムを、近縁種であるB細胞に移植することで、B細胞をA細胞につくり変えることに成功したのです。
田端: ゲノム合成の成功によって「設計図とパーツさえ揃えば、人工的に生命を組み立てられる」という見立てができるようになりました。
上田: そして2020年11月末、半世紀ほどずっと研究者を悩ませていた「タンパク質の折り畳み問題」が実質的に解明されたとのニュースが飛び込んできました。人体の組成にも深くかかわっているタンパク質は、一つひとつの構造がとても複雑なのですが、それをAIがわずか数日で解析できるようになったとのことです。
竹内: つまり、ここ20年で「生命の設計図」と「重要なパーツ」がデザインできるようになって、それらを組み上げる技術も発展してきていると。
田端: 数十年前までは工程の見通しも立っていなかった「生命の創造」が、かなり現実味を帯びてきましたね。
上田: 一般的に想像されるような生き物レベルの創造までは、まだまだ突破しないといけない壁がたくさんあります。しかしながら、すでに大腸菌や酵母などの単細胞生物のゲノムは、人工的につくり出せるようになってきました。
そういう意味で、この20年で想像以上の進歩を遂げたといえると思います。次の10年は多細胞生物、つまりはより生き物に近い生命体のゲノムの創造に、どれくらいコマを進められるか……といったところが、科学における生命へのアプローチの現在地ですね。
──上田泰己
生命は「部品」なのか?
竹内: ぼくの研究室ではティッシュ・エンジニアリング(生きた細胞を用いて臓器などを人工的につくり出すこと)をやっているのですが、細胞の配列さえわかっていれば、3Dプリンタなどを駆使して、構造の再現をすることは簡単にできるんですよ。
それで以前、試しに神経細胞をたくさん複製して、マウスの脳とほとんど同じ形状に組み上げてみたんです。わかってはいましたが、何も起きませんでした(笑)
田端: そんな実験をしていたんですね。
竹内: 現物と同じ細胞を同じ数だけ使って、同じ形にしても、やはり無反応です。つまり、トップダウンで組み立てるだけではダメだと。そこから何かもうワンアクションして、細胞同士のインタラクションを引き出し、自己組織的なプロセスを起動させないと、生命としてのファンクションをもつことはないのでしょう。
田端: その「細胞同士のインタラクションを引き出し、自己組織的なプロセスを起動させる何か」の解明が、ここから先の大きなカギになってきますね。現状の技術で、パーツから生命の容れ物を組み立てられるようになってきている。そこに何を与えれば、何を加えれば、命が吹き込まれたように動き出すのか。
竹内: ぼくは工学畑の人間なので、基本はどんな生命体でも機械と同様に「部品の集合体」だと捉えています。そう解釈して分解したり、再構築したりする過程のなかで、医療やその他の産業に活かせる技術がいくつも発見されてきました。
ただ、かつて生物学者の方と話をしていたときに「生命には尊厳があるのだから、機械のように『部品』なんて言葉は使わないでほしい」と言われたことがあって。なるほど、そういう解釈もあるのだなと、強く印象に残っているんですよね。
──竹内昌治
上田: 生命を単純な部品の集合体だと思いたくない、そこに特別な何かが宿っているからこそ生命なのだ──そういった気持ちは、なんとなく理解できます。もし「われわれ人間は機械と同じようにつくることができる」となったら、人間社会のさまざまな価値観やルールが、根本から揺らぎますから。かくいうわたしも、「生命には何らかの神秘性があるのではないか」と思っているタイプです。
一方で、仮に生命が部品の集合体ではないと信じるならば、やはり「どこまで工学的に再現可能なのか」を突き詰める必要があるんですよね。根拠はないけど「絶対にこうだ」と決めつけるのは、科学者として不誠実な態度だと思っています。
竹内: ぼくも同感です。
上田: だからわたしは、「生命はつくり出せる」という前提でこの課題に取り組んでいるのではなくて。人為の限界、その先にあるかもしれない神秘を探るために、どこまで人の手で届き得るのかを検証している、というのが本音に近いですね。
田端: 生命が部品の集合体といえるかどうかは、「現状ではいいがたい」というのが、適切でしょうか。今後、技術が進んで「一旦バラしても同じように組み立てれば、元通り動く」ことが証明されたら、それはもう部品の集合体だといえるのかな、と感じます。
上田: 部品以上の「神秘的な何か」があったとしても、それも含めて再構築できるようになったとしたら、その何かだって部品と呼べるわけですからね。「現状見えている部品だけでは元には戻らない」ということはわかっているので、今後はいま見えていない「何か」を明らかにするフェーズです。
それは、人間の意識や心のメカニズムの解明にもつながってくるかもしれません。わたしたちは何によって駆動しているのか。命とは一体何なのか。ずっと謎に包まれていた生命の本質に、これからますます迫っていくのかと思うとワクワクしますね。
──田端和仁
「生命の概念」は拡張する
上田: そういえば皆さんは、生命体や細胞をつくってみようとしているモチベーションって、どこから湧いてきていますか?
わたしは先ほど少し触れましたが、「生命を生命たらしめているもの、人間を人間たらしめているもの」が何なのかを理解したい、という気持ちが原動力になっています。未知を理解して同化したい、自分のなかに取り入れたいって欲求が強いんですよね。
田端: ぼくは「生命をつくりたい」とは思っていますが、ヒトのような生物をつくるところまでは、あまり考えていなくて。専らの興味関心は、バクテリアなんです。思い通りのバクテリアをつくって、それを自由自在に動かしてみたいんですよね。
バクテリアは現状最も単純な生物といえるし、地球上には1030匹のバクテリアがいるといわれています。それだけ巨大なゲノム配列のライブラリーがあれば、思い通りの機能をもったものが自在につくれそうな感じがするんです。つまり、つくるからにはちゃんとデザインして制御されているものをつくりたいんですよね。そういう意味では、竹内さんと同じかもしれません。
竹内: ぼくはそもそも、生命をつくろうとしているわけじゃないんですよ。正確に言うと、「生命のように動くもの、生命と見間違えるようなシステムをつくりたい」というモチベーションでやっています。
小さい頃から、とにかく「動くもの」に目を奪われていました。その構造をくまなく知って、できれば同じように動くものをつくりたい。そういう欲求というか執着を、もうずっと持ってるんですよ。
上田: なんだか、ネコみたいですね(笑)。動いているものを見たら反射的に捕まえちゃうような。
竹内: 機械屋の人たちは、基本的に皆そうだと思いますよ。動かないものにはほとんど興味を示さないから(笑)。でも、動いているものの構造を理解して、それを自らの手で再構成する──こうした執着をもった機械屋たちが、たとえば鳥の構造を再現しようとした過程で、飛行機なんかを発明してきたわけです。
生命そのものをつくり出そうとする過程では、一体どんな発明が生まれてくるのか。確実に言えるのは、「生体材料」は飛躍的に発達していくでしょう。
上田: わかりやすい例でいうと、人工臓器などですね。
竹内: 培養肉も、あと数年で市場に出回るかもしれない、というスピード感で研究開発が進んでいます。もう少し先の未来に想像を馳せると、順調に生命創造の研究が進歩していけば、「犬の鼻の機能をもつセンサー」や「毛が生えたり、自己治癒するロボットの皮膚」なども出てくると思います。生物の魅力的な機能を直接利用できるようになれば、ものづくりの世界には大きな革命が起こるはずです。
田端: そこまでくると、いよいよ大々的に「生命という概念」の拡張が起こってきますね。部分的に生命の機能をもった機械は、果たして生物といえるのか。限りなく生体と同じ要素でつくられたヒト型ロボットは、人間になるのか。はたまた、身体の大部分を人工素材に入れ換えた人間は、どこまで人間なのか。
上田: そうそう、生命の基準を刷新せざるを得なくなってきますね。
田端: 従来の当たり前が、打ち壊されていくことになるでしょう。
竹内: たとえば、ペットボトルは現状、誰がどうみても生物ではありません。けれども、ペットボトルにヒトの皮膚のような温度調整機能がついたら、あるいは手足が生えて動き出したら、それでもまだ生物ではないのか? そんな議論が、これから所々で起きていくのだと思います。
上田: さらに踏み込んでいくと、「インターネット」や「経済」のような創発性のあるネットワークも、概念上は生命と見なせるのではないか……といった議題もあるのですが、収集がつかなくなるので、この辺りで止めておきましょう(笑)
竹内: 何はともあれ、これから生命の探究はどんどんおもしろくなる領域であって、UT7はそこに多様なジャンルの専門家が集まったチームで挑んでいく、というわけですね。
田端: 今日こうして話していてもディスカッションの種は尽きませんし、たくさんの刺激をもらえました。皆さんと協力し合うことで、自分だけではたどり着けない地平まで、想像以上の速さで飛んでいけそうでワクワクしてきました。
上田: 本当にこれからが楽しみですね。皆さん、どうぞよろしくお願いします。
TEXT BY TAKESHI NISHIYAMA
PHOTOGRAPHS BY KAORI NISHIDA